起承転結の順番変えるとどうなるの? 「桃太郎」でやってみた

起承転結の順番変えるとどうなるの? 「桃太郎」でやってみた

 物語の構成の肝とされているのが「起承転結」。たまに「結」から始まり、「起承転」そして「結」へと向かうものもあるが、それ以外は見かけない。では、もしこの王道の流れを変えたら物語はどうなってしまうのか。

 誰もが知る昔話「桃太郎」を「転」「承」「結」「起」で組み直してみた。
⇒一般的な「桃太郎」の流れ
http://hukumusume.com/douwa/pc/jap/08/01.htm

<転>
 力自慢の小僧は、犬、猿、雉を連れて、小船である島を目指していた。

 島に辿り着いた。そこは鬼が住むと言われる鬼ヶ島。鬼ヶ島では、鬼たちが近くの村で盗んだであろう宝物やご馳走を並べ、大酒を喰らっていた。

 「酔っ払っている今がチャンス!」とばかりに、小僧たちは奇襲攻撃に打って出た。犬は鋭い牙で鬼の尻を噛み、猿は自慢の爪で鬼の背を掻き、雉は尖った口ばしで鬼の目を突いた。小僧も3匹に負けじと、縦横無尽に刀を振り回した。

 小僧はがむしゃらに刀を振り回しながら、3匹に出会った時のことを思い出していた。

小「ふっ、あいつらがここまで役立つとは思わなかったな…」

<承>
 お爺さんとお婆さんのもとで、すくすくと育った小僧は、大人顔負けの強い男の子になった。その力を何かに役立てないか思案する小僧の耳に、村の噂が飛び込んだ。悪い鬼がたくさん住む鬼ヶ島という場所があるらしい。小僧にとってはチャンスだった。

小「おら、鬼ヶ島へ行って、悪い鬼を退治する!」

 小僧を止めたい気持ちがある反面、「この子なら…」と思ったお婆さんは、無意識のうちに小僧が好きなきび団子をこしらえていた。しかし、それこそが小僧の門出を祝うお婆さんの本音だったのかもしれない。

 お婆さんのこしらえたきび団子を手に、小僧は鬼ヶ島へと旅立った。旅の途中、犬に出会った。

犬「どこへ行くんだワン」
小「おら、鬼ヶ島へ鬼退治に行くだ」
犬「それではお腰に付けたきび団子を1(ワン)個下さい。そしたら、お供しますワン」
 
 半信半疑だった小僧が犬にきび団子を渡すと、犬は本当にお供になった。犬を連れて歩いていると、今度は猿に出会った。

猿「どこへ行くんだキキ」
小「おら、こいつと鬼ヶ島へ鬼退治に行くだ」
猿「それではお腰に付けたきび団子を1個下さいな。そしたら、お供しますキキ」

 犬の次は猿か。鬼退治をするには少々頼りないが、いないよりマシだと小僧は猿にきび団子を与えた。犬と猿を連れた小僧は、雉に出会った。

雉「どこへ行くのですケンケン」
小「おら、こいつらと鬼ヶ島へ鬼退治に行くだ」
雉「それではお腰に付けたきび団子を1個下さい。そしたら、お供しますケンケン」

 2匹も3匹も変わらない。そう思った小僧は、雉にもきび団子を分けた。

 3匹を連れた小僧は、不安に駈られつつも鬼ヶ島へと急いだ。

<結>
 小僧の不安は、3匹の攻撃を見て吹き飛んだ。むしろ、負けまいというやる気さえみなぎり、ひたすら刀を振り回した。

 小僧たちの攻撃に、ついに参った鬼の親分は泣きながら土下座をした。自分の強さを証明できた小僧は満足し、退治した証拠に宝物をもらい、帰路についた。

 お爺さんとお婆さんは、小僧の無事な姿を見て大喜びした。あんな小さかった子が、ここまで大きくなるなんて。小僧の誕生を思い出すと、お爺さんもお婆さんも泣けてきた。

<起>
 昔々、あるところに、お爺さんとお婆さんが住んでいた。

 いつものように、お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に出向いた。お婆さんが洗濯をしていると、川の上流からドンブラコ、ドンブラコと、大きな桃が流れてきた。

 何日分の食料になるだろう。うきうきとしたお婆さんは大きな桃を拾い上げ、家に持ち帰った。そして、お爺さんとお婆さんが桃を食べようとその桃を切ってみると、なんと中から元気な男の赤ちゃんが飛び出した。

 子供のいなかったお爺さんとお婆さんは、大声を出して喜んだ。桃から生まれた男の子に、2人は “桃太郎”と名付けたとさ。

 おしまい。

Twitter、Facebook、記事… 読まれやすい文字数は何文字?

Twitter、Facebook、記事… 読まれやすい文字数は何文字?

 Twitter、Facebook、ブログなど、ふだんの自分を投稿できる時代。しかし、時間を割いて一生懸命書いてもまるで読まれなかったり、その労力に相応しくない反応がしばしばだったりする。果たして、読まれる投稿と読まれない投稿で、一体何が違うだろう。

 単純に文章が良くないのか、魅力的な言葉が入っていないのか、それとも…。

 投稿が読まれるか読まれないかは、もしかしたら、文字数が大きな鍵を握るのかもしれない。例えば、Twitterの文字数制限が140文字であるのに対し、読まれやすい文字数は100文字程度だという。つまり、きっちり埋めてもダメだし、短文すぎてもダメということだ。

 Twitter以上に、文字数の差による反応が面白いのがFacebookである。Facebookの投稿できる文字数は理論上無限らしいが、ある調べによると6万字程度らしい。研究論文でもない限りそこまで書くことはないだろうが、文字数をたっぷり埋めて投稿すること自体は可能。しかし、Facebookで読まれやすい文字数はなんと40文字。この文字数に収まると、86%も高い反応があるそうだ。投稿できる文字数とのギャップたるや…。

 では、記事やブログの場合はどうか。

 調べてみると、どうやら人は500文字以下だと短く感じ、3500文字を超えると読み応えを感じるようだ。2000文字程度だと、読むのに5分かかるようで、ちょっとした休憩には最適な文字数と言えよう。しかし、5分間真剣に何かを読むのが苦手な人も多く存在する。そうなると、3分~4分で読める1200文字~1600文字あたりに収めると、読むのが好きな人も苦手な人も程好く感じるのではないだろうか。

 とは言え、やはり大事なのは文章の中身。面白い文章なら文字数など気にせずに読め、逆に面白くなければたとえ短くても読むのを止めてしまう。

 読みやすくするために、テーマを1つに絞り、無駄は省き、伝えるべきことを伝える。これに尽きる。

標語「安全第一」誕生秘話 

標語「安全第一」誕生秘話 

 工事現場などで見かける「安全第一」という文字。四字熟語のようで、昔から日本で使われていた言葉に思われるかもしれないが、実はアメリカ合衆国で誕生した標語である。

 1900年代初頭。世界恐慌の少し前になるが、すでにアメリカは不景気だった。労働者たちは劣悪な環境の中、危険な業務に従事。その結果、多くの労働災害に見舞われた。世界有数の規模を誇った製鉄会社「USスチール」の社長であったエルバート・ヘンリー・ゲーリー氏は、過酷な労働を強いられる従業員の苦しむ姿に心を痛めていた。

「生産第一、品質第二、安全第三」

 当時は安全や品質よりも、生産がすべてだった。それを熱心なキリスト教徒でもあったゲーリー氏が抜本的に変革。経営方針をひっくり返した。

「安全第一、品質第二、生産第三」

 この方針が実行されると、労働災害はたちまち減少。品質、生産ともに上向き始めた景気の波に乗り、「安全第一(safety-first)」という標語がアメリカ全土に広まった。その後、世界中でも使われるようになった。

 日本において「安全第一」の標語は、ご存知の通り工事現場や工場などで掲示され、度々目にする。「安全」と「第一」の間に緑十字が配置されたその文字は、旗や垂れ幕のほか、作業員のヘルメットや作業車両などにも書かれる。

 しかし昨今、過度な「安全第一」の意識が広がっている。作業員が軽度の労働災害に見舞われた際「会社に迷惑をかけるとクビになるかも」「もう、仕事の受注できなくなるかも」などの不安に陥り、労働者災害補償保険に加入していても、会社に報告せずに健康保険などの本来使用の異なる対処をしてしまうケースが多々起きてしまう。

 どうやら、自分の体の安全が第一ではなく、会社に残ることの安全が第一に変わってしまったようだ。標語の誕生した経緯を、もう一度よく考える必要があるのかもしれない。